由緒

宗像大社は、日本神話に登場する日本最古の神社の一つです。御祭神は、天照大神の三女神で、沖津宮、中津宮、辺津宮にそれぞれ祀られ、この三宮を総称して、宗像大社といいます。
・田心姫神 たごりひめのかみ
・湍津姫神 たぎつひめのかみ
・市杵島姫神 いちきしまひめのかみ
『日本書紀(720年)』には、天照大神から宗像三女神へ「歴代天皇をお助けすれば、歴代天皇が祀るでしょう」という言葉が残されています。これは宗像が日本における最初の国際港であったため、海外との外交、貿易、国防的な機能を果たせば、天皇が祀るとされ、それは沖ノ島から出土した約八万点の国宝からも国家祭祀の痕跡が裏付けています。
国家祭祀とは、天皇の遣い、勅使(ちょくし)が現地に赴いて、祭りをするというものですが、宗像における国家祭祀は出土した国宝の品々から、かなり大規模ではなかったかと推測されています。沖ノ島の出土品は四世紀から九世紀のものが多く、その間、国家祭祀がどの程度行われたかは明確ではありませんが、古い記録などからも天皇の勅使が宗像に遣わされたことを知ることができます。

〔勅使差遣〕
  465年  第21代 雄略天皇   『日本書紀』
  838年  第54代 仁明天皇   『続日本後紀』
  842年  第54代 仁明天皇   『続日本後紀』
  870年  第56代 清和天皇   『日本三大実録』
1017年  第68代 後一条天皇『日本紀略』

日本神話と宗像三女神

神代の昔、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の夫婦神は、高天原(たかまのはら)に住む神々から国生みを命ぜられ、淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐島、対島、佐渡島、最後に本州を誕生させ、その後、夫婦神から天照大神(あまてらすおおかみ)、月夜見尊(つきよみのみこと)、素盞鳴尊(すさのおのみこと)が生まれます。
気の荒かった素盞鳴尊は父の伊弉諾尊の怒りに触れ、遠く根の国へ追われることとなり、姉の天照大神に別れを告げに高天原へ赴きますが、その時に山河が鳴り響き大揺れしたため、天照大神は武装して弟を待ち受けます。
素盞鳴尊は天照大神にいくら話しても疑いが解けないため、自分が男神を生めば潔白だとして、誓約(うけい)を申し出ます。
先ず、天照大神が素盞鳴尊の剣を噛み砕き、息を吹きかけると三柱の女神が生まれます。
これが宗像三女神の誕生となります。

田心姫神 たごりひめのかみ
湍津姫神 たぎつひめのかみ
市杵島姫神 いちきしまひめのかみ

次に、素盞鳴尊が天照大神の勾玉を噛み砕き、息を吹きかけると五柱の男神が生まれました。これで素盞鳴尊は晴れて身の潔白を証明することとなります。

天忍穂耳尊 あめのおしほみみのみこと
天穂日命 あめのほひのみこと
天津彦根命 あまつひこねのみこと
活津彦根ノ命 いつくひこねのみこと
熊野櫲樟日ノ命 くまのくすひのみこと

宗像氏と皇室との関係

宗像氏は大和朝廷と連携のもと海外との交流をはかり、大化の改新後(645年)には、九州で唯一の神郡(しんぐん)となり、胸形君徳善(むなかたきみとくぜん)の娘、尼子娘(あまこのいらつめ)は、第40代 天武天皇の后となり、朝廷より特別の待遇を受けてきました。その後、国家による大規模な祭祀は、遣唐使廃止(894年)により終焉しますが、宗像大神を国家鎮護の神とする信仰に陰りはありませんでした。

神郡:社領(神領)の一種で、郡からの収入はその神社の修理や祭祀費に充てられていました。以下は当時の神郡です。

伊勢神宮 三重県伊勢市
安房神社 千葉県館山市
香取神宮 千葉県香取市
鹿島神宮 茨城県鹿嶋市
熊野大社 島根県松江市
出雲大社 島根県出雲市
日前神宮 國懸神宮 和歌山県和歌山市
宗像大社 福岡県宗像市

皇室の参拝

大正12年  5月14日
 久邇宮邦彦王殿 同下俔子妃殿下
 久邇宮良子女王殿下
 久邇宮信子女王殿下
大正14年  2月19日
 秩父宮雍仁親王殿下


昭和  4年  5月27日
 伏見宮博義親王殿下
昭和  4年10月21日
 閑院宮春仁親王殿下
昭和  6年11月10日
 朝香宮鳩彦親王殿下
昭和12年  6月  6日
 東久邇宮稔彦親王殿下
昭和32年  4月  9日
 清宮貴子内親王殿下
昭和44年10月10日 11日
 三笠宮崇仁親王殿下
 (辺津宮、中津宮、沖津宮)
昭和50年10月25日
 三笠宮崇仁親王殿下
 同百合子妃殿下
昭和58年  5月15日
 皇太子殿下 同妃殿下
昭和61年  7月19日
 礼宮文仁親王殿下


平成25年  3月15日
 三笠宮彬子女王殿下
平成25年  7月  4日
 皇太子殿下
平成29年10月29日
 天皇皇后両陛下
平成29年11月17日
 三笠宮信子妃殿下

宗像の神を祀る神社

宗像の神は古くから各地に分霊が祀られ、『日本三代実録』(901年)には、既に六社が記載されています。
  1. 宗像神社 京都市松尾大社摂社
  2. 宗形天神 諫早市
  3. 宗像神社 京都御所苑内
  4. 伊都岐嶋宗像小専神 廿日市市厳島神社
  5. 丹後恩津島神 舞鶴市老人島神社
  6. 宗像神 長門市

『延喜式』(927年)には、
  1. 宗像神社 奈良県桜井市
  2. 櫟谷神社 京都市櫟谷宗像神社松尾大社摂社
  3. 松尾大社 京都市
  4. 厳島神社 廿日市市
  5. 田島神社 唐津市
  6. 田島神社 稲沢市尾張大國霊神社別宮
  7. 奥津嶋神社 近江八幡市
  8. 胸形神社 小山市
  9. 隠津島神社 福島県
10. 宗形神社 米子市
11. 宗形神社 赤磐市
12. 宗形神社 岡山市
などが記載されており、『国内神名帳』(863年)には、宗像の社名は全国に九十社あります。その他、現在では青森県の善知鳥神社、神奈川県の江ノ島神社などがあり、全国には約六千二百社の神社に祀られています。